グループホームの自治会
「全国労保連」2007年9月号掲載
尼崎市にあるグループホーム「いなの家」では、自分たちの暮らしは自分たちで決めるという自治会活動が行われている。グループホームは認知症の方が、お世話してくれる人とともに暮らす家庭的な住まいである。病そのものは治らないが、症状を和らげ進行を遅らせることに効果があるとして、介護保険制度のサービスとして導入された。たとえ認知症を発症しても出来ることはたくさんあり、その人の意欲を押さえ込まないようなお世話をすることによって質の高い暮らしができるということを、私は多くの取材から学んできた。それでもグループホームに自治会があるということに、正直ビックリした。
月1回のその日。「いなの家」では体調を崩している人以外は全員、リビングに集まる。職員は入居者1人1人の横に座り、総出でサポートにあたるのである。会長は92歳の男性。背広にネクタイ姿で席についた。しかしどうも体調が優れないらしく、とたんに「ああ、疲れた」の連発。それでも職員に促されて「ただ今から自治会を始めます」の宣言。その日のテーマ(自治会が近所に対してできることは何か)ということについて職員が説明し、皆に意見を求める。相づちをうつだけの人、ほとんど会話が成り立たない人、また会議とは関係なく、1人自分の世界にこもり、歌をうたっている人。中には堂々と自分の考えを述べる人もいるが、その内容はかなり的外れ。それでも立ち上がって皆の前で意見を述べる姿には、誇らしさがあふれている。
職員は、話がそれてもそのつどさりげなく引き戻し、説明を加えたり補ったりしながら、根気よく会を進行していく。このグループホームに自治会が出来て5年。入居者の衰えも目立ってきたということだが、どういう状態であっても認知症の人の自己決定を最大限いかそうと努力する職員。その結果、認知症の人の残された能力が存分に発揮され、穏やかにその人らしく暮らすことができるのだ。
グループホームに自治会が設けられているのは、たぶん全国でただ1つ、いや世界でもここだけだろう。そうした発想すらないのが、現実である。さらにふだん何気なく「ぼけたら何もわからないのだから、先にぼけた方が勝ちよ」とか「ぼけたらおしまいね。ぼけてまで生きていたくないわ」などと、冗談まじりとは思うものの、こうした会話をかわしていることがある。認知症の人は、ただ単にお世話を受けるだけの受け身の存在ではない。自分の考えを他に伝え、他の人の考えも理解することが出来る。それを実現させるのは、周りの人のサポートのあり方なのだと実感した取材であった。