瞬間編集
「全国労保連」2005年11月号掲載
40年近く、放送の現場で仕事をしてきた。今も組織を離れたものの「ラジオ深夜便」で、週1回「村田幸子の老いを豊かに」というコーナーを担当している。放送の武器は「話しことば」である。「書きことば」と違って話しことばは、話すそばからすぐ消える。聞いている人が「あれ、どういうことかな?」と、その内容にひっかかると、もう後に続く内容は耳に入ってこない。書きことばなら、わかるまで何回も読み返せばいい。一方話す側からみると「しまった、こんなこと言うんじゃなかった」と思っても、また言い回しが悪くて本来言いたいことと違った表現になってしまっても、もう取り返せない。相手の心にしっかり届いているのである。加えて、ニュース報道はナマ放送が原則。予定調和がきかない。いくら事前に準備していても、限られた時間との闘いの中では、準備した通りにはなかなかいかないのである。
NHK総合テレビの朝の番組「おはよう日本」の中に「おはようコラム」というコーナーがある。解説委員の担当である。持ち時間はわずか3分。その日のテーマに合わせて、アナウンサーとのやりとりを準備しておく。しかし放送は生き物。飛び込みのニュースが入ってきたり、地方からの中継が長引いたりあるいは思いのほかスムースに事が運ばれ、時間が余ってしまったりと、その日によって実にさまざまである。スタジオで自分のコーナーの出番を待っていると、フロアーディレクターが「村田さん、今日は全体が押しています。すこし短くお願いします」とか「今日は時間たっぷりあります。存分にどうぞ」などと知らせてくれる。そこでまた原稿を調整。それで終わればまだいい。本番になって話し始めたとたん、いわゆるマキの合図がくることだってある。「エ〜ッ、今始まったばかりなのに」と内心思っても、たぶん何かの突っ込みのニュースが入ったのだろうと、頭の中では「どこをカットしようか、でもその内容をカットしてしまったら全体がわからなくなるな」と、あれこれ考えを巡らせつつ、話を運んでいるのである。もちろん、慌てたそぶりはみじんも見せずに、である。というのは願望であきらかに慌てていることがわかる時だって、ある。
「瞬間編集」が上手くいった時のだいご味!
これぞ、ナマ放送の現場で仕事をする身の充実感である。瞬間編集を可能にする要素は、テーマに対する深い理解、時間に対する感覚、そして思い切り、というところだろうか。それはどんなことばを選ぶかという「ことば選び」に尽きる。じょう舌でむだなことばがはんらんしている世の中。瞬間編集は「ことばの構造改革」だ、というのは言い過ぎですか。