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村田編集長のコラム集
2006年8月28日

病気自慢

「全国労保連」2006年7月号掲載

私には年3回、手術記念日がある。生まれて初めての手術は、今から23年前の8月3日。変形性股関節症でおよそ半年入院した。胸から右の足首までギプスで固定され、3週間寝たきり。毎日毎日、「今、何時?」と聞いていた。時のたつのが、なんと遅く感じられたことか。ギプスがとれリハビリ開始。当時は、訓練室でただひたすら機能回復訓練をするというもので、こんな訓練が必要なのだろうかと思いつつも、決められたメニューをこなすことに専念した。それでも退院するときは、つえに頼らなければ歩けなかったのである。

2回目は大腸ガンの手術。7年前の12月8日。「あら、開戦記念日ね」と言ったら、若い看護師さんは「はあ〜?」とキョトンとしていた。ガンは自分で見つけた。朝、いつものように確認したら、明らかに鮮血とわかる付着があったのである。ちょうどそのとき、私は人間ドックの検査をする予定になっていたので、すぐ先生に電話をした。「ドックでも腸の検査をしますから、先にやりましょう」と手はずを整えてくれた。「いや〜、村田さん。悪い顔したヤツがいますよ。人間ドックどころではありません。すぐ手術してください」という宣告。あれよあれよという間に、手術の運びとなった。進行ガンであったが、腹くう鏡手術という当時の先端医療のおかげで、からだへの負担は少なく早い回復であった。ガンは股関節とは違う。いやおうなく死と向き合い、行く末について思いを巡らすことになる。くよくよしないですんだのは、思い切りのよい私の性格による。しかたないなと、早くに気持ちを切りかえることが出来たのである。

そしておととしの5月29日、股関節の再手術。23年前は半年も入院したのに、そのときは1ヶ月足らずですんだ。医療の進歩はありがたい。それに経験があるということは、術後の経過が自分でわかり不安を和らげてくれた。

3回の大手術は決してマイナスばかりではない。失っていくものを素直に認めることが出来るようになったのである。今まで出来ていたことが出来なくなる自分を発見することは、つらい。しかしどう頑張っても、自分の力では乗り越えられない壁があり、あきらめなければならないことだってたくさんある。それを受け入れ、新たな自分と向き合って、もう一度人生をつくり直してみようと思えるすべを身につけることができた。老いは喪失との道連れ。私も、まもなく向き合う。失うものを受け入れる心の準備を、先取りした。
とはいえ、手術記念日はもう打ち止めにしたいというのが本音である。しかし大型連休あたりから、まだ手術をしていない左の股関節の具合が悪くなってきた。どうやらもう一回、記念日が増えそう。多病息災の日々が続く。

全国労保連 2006年7月号掲載(社団法人 全国労働保険事務組合連合会 発行)

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