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村田編集長のコラム集
2006年5月22日

中途半端の、もどかしさ

「全国労保連」2006年1月号掲載

ナマ放送を終えてスタジオから居室に戻ってくる。やれやれと息をつく暇もなく「村田さん、視聴者の方からのお電話です」という、交換手さんの声。視聴者の反応は何よりもうれしい。しかし、怖い。
何か間違ったことを言っただろうか、お叱りだろうか、それとも問い合わせだろうか、ひょっとすると褒めてくれるのかしら?などと、あれこれ思い巡らしドキドキしながら受話器を取る。「あの〜、村田さんですか。今朝お召しになっていたお洋服はどこでお求めになったのでしょうか。とても気に入って同じようなのが欲しいんですけど〜」。一瞬、気負っていた肩の力が抜ける。
私は良くこういう電話を頂だいした。ブローチはどこで買ったのか、襟の具合はどうなっているのか、などなど。髪がストレートヘアのころは、シャンプーやリンスは何か、という問い合わせまであった。確かに私は服装に関しては、あれこれ考える方であり、工夫することが楽しい。時に、もっと話の内容に関して意見を聞かせてよと思うこともあるが、それでも私の選んだ服に関心を寄せてくれることはうれしかった。とはいえ服装が、つまり自分が主役では決してない。主役は、あくまでも放送を通じて出す情報である。その情報がどんな内容であるかによって服装は決まる。料理番組にスーツはおかしい。迎賓館からの中継に、あまりカジュアルな服装はそぐわないというようなことである。内容と服装がマッチした時に、視聴者は好感を持ってくれるのではないだろうか。同時にそれが、伝え手を一番ステキに見せるのである。
しかしこの半年ほど、私は私自身の放送と服装がチグハグに思われてならない。先日も10分間の自分のテレビ放送をVTRで見ていて、何か違うなぁともどかしかった。組織を離れて1年半。これまで同様、高齢者や障害者の問題を取材し放送しているが、立場は組織に縛られない全くのフリーである。その立場の違いが、私の放送内容に少なからず、影響を与えているようだ。現役時代の解説とは異なるテーマの切り口を模索し、資料の使い方にも今までとは違う工夫を凝らしている。さらには私はこう考えるという、強いメッセージを出していることも事実である。内容は多少はフリーらしくなってきたかなと思えるのに、服装は、組織人そのままの固定観念に縛られた選択をしていたのだった。どっちつかずの、中途半端。そのミスマッチが違和感の原因だと、納得した。フリーとしてのテーマの切り口に磨きをかけ、組織にいたときとは違う自分の放送を確立したいと願う。もしそれが出来たら、私の服選びも変化するだろう。その実現を夢見て、挑戦。

全国労保連 2006年1月号掲載(社団法人 全国労働保険事務組合連合会 発行)

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