評論家 俵 萠子 さん
俵萠子さま
「ニュ−スステ−ション」の久米キャスタ−が、今年度一杯で番組降板。いわゆるコメンテ−タ−といわれる人達が、あれこれ憶測を交えてワイドショ−で語っていました。久米さんは降板の理由の1つに「しゃべっている時に適切な言葉が出て来なくなり、一瞬頭が真っ白になるということを、50代初め頃から経験した」ということを上げていましたが、同業者として心から共感出来るものでした。
限られた時間内に言いたい事を言うという作業には「瞬間編集」が求められます。瞬間編集を決めるためには、入念な下調べと蓄積による適切な言葉選び、その時の持ち時間、さらには反射神経など、様々な要素を必要としますが、上手くいった時の醍醐味は、ナマ放送に携わる人が「プロ」を実感する時でしょう。
しかしいつしか「こんな筈じゃなかった」ということに直面するんですね。「ああ、衰えたなあ」と、自分の力を再確認させられます。私にもそんな時期があったなあと、久米さんの記者会見に、私自身の仕事人生を重ね合わせていました。
俵さんの「書く」という作業にも、年齢という「敵」がたちはだかることもあるのでしょうね。私も60代。俵さんの60代って、何を考えどんなことをなさっていたのでしょうか、拝見するのが楽しみです。
村田幸子 2003年8月28日
村田幸子さま。
久米宏さんの話。あまり詳しく知りませんでした。
本を書き始めると、テレビとか、週刊誌とか、気を散らすものはなるべく見ないようにします。250枚もの原稿を書くには、一定期間集中する必要があります。もちろんその間は夜遊びもしません。
他の人の書いた本も読みません。ただひたすら、自分の頭の中にためこんだものを、逃がさないように、こぼさないように、原稿用紙に写し取るわけです。
本によって違いますが、1冊の本は構想してから、最低2年。今度の本は22年かかっています。3部作ですから当然のことです。
今までに61冊の本を出してきました。若い時は、徹夜に近いことも出来ましたが、72歳のいまは、もうそんなことは出来ません。でも文章を書くということ自体は、瞬発力とは何の関係もありません。推敲して、推敲して、念入りに仕上げていきますので、老人向けなのでしょう。そういう意味では、テレビの仕事と、文章の仕事は、要求される能力が違うような気がします。ただ、孤独で、骨身をけずる仕事なのであと、何冊書けるだろう。いつも、そう思いながら書いています。
そうそう。この往復メール。私のHPにも、のせていいですか?自分でいうのもなんだけど、結構珍しい企画だと思いはじめました。
ほんじゃ、まあ・・・(あなたの、お得意のあいさつ)
俵 萠子 2003年8月30日
