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往復書簡

評論家 俵 萠子 さん

俵萠子さま

ほんとに8月は悲しい月ですね。じりじりと陽射しが強いほど、その感を強くします。広島、長崎の原爆の日、そして終戦の日。
一昨日、日本橋のデパ−トで開催されている「土門拳写真展」をみてきました。昭和という激動の時代をカメラで切り取った作品には、事実だけが写されていました。戦後の苦しい生活の中にあっても、精一杯、生き生きと「その時」を生きていた子どもたちの作品の中に、豊かな時代になったとはいえ、失ったものの大きさを改めて実感させられました。
8月はまた、私にとって忘れられない月なのです。股関節の手術をしたのが8月3日。今年で20年になりました。半年入院という大手術でした。これまで、取材という仕事をよくも続けてこられたと、感慨一入です。そして3年前は、大腸ガンの手術。大病と仲良く暮らしています。高齢社会にあっては「一病息災」どころか「多病息災」ですね。以前、俵さんと番組でご一緒した時「失われものに目を向け嘆いて暮らすのではなく、新しい関係を自ら作り上げていきたい」と仰っていたことに励まされました。
深夜便は、やはり眠りこけていました。いずれこのホ−ムペ−ジでも皆さんに聞いてもらえるよう編集して載せたいと、スタップが申しております。
夏休みも本番。都内は次第に閑散としてきました。東京に暮らす者にとっては、静かでのんびり出来る時です。ただし、暑さとの闘いてすが。赤城は涼しいでしょうねえ。

村田幸子 2003年8月8日

村田幸子さま。

私たち、けっこうメル友してるのに、あなたが半年も入院していたことは知りませんでした。考えてみると、20年前はまだ友達じゃなかったからかな?
あなたも私が4年半前に4ヶ月も入院したことを知らなかったでしょう。その話をこの間ラジオ深夜便でしたのよ。たぶん一過性の脳梗塞だったと思うのです。高速道路を走っている時、急に意識がなくなって、ガードレールにぶつかり、自損事故をしました。死んでもおかしくない事故でした。あちこち骨折して、4ヶ月入院しました。
その精神的後遺症から立ち直るのに、2年あまりかかりました。その前には乳がんをしているし・・・・
でも、その前の私は「健康バカ」でしたから、これでちっとばかり普通になったような気がします。それで思い出しました。私がつくった「1・2の3で温泉に入る会」で自費出版した会員の体験記、「病気がくれた贈り物」。あの本をあなたにお贈りしたかしら?あの本はいま、隠れたベストセラーになりつつあります。発送作業に追われて嬉しい悲鳴をあげています。
   では、きょうはこれまで。

俵 萠子 2003年8月8日

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